2006年04月27日

信義の問題―名人戦移行問題4

ネット環境の貧弱さのため、この問題についてどんな議論が出ているのかきちんと把握できていません。こんな状況で記事を書くのは気が引けるのですが、このまま待っていても改善される見込みがないので、私の考えを書いていこうと思います。

まず、一番興味を引くのは、将棋連盟理事会の態度は信義にもとるとする批判が多いことです。これを少し考えてみましょう。
信義というのは、個人と個人の関係であればとても重要な要素ですが、個人と団体、団体と団体の関係になったらどうでしょうか。大ざっぱに言ってしまえば、団体の規模が大きくなればなるほど、信義の持つ意味は小さくなるはずです。代わって、一般的には経済的利益が重要な意味を持ってきます。毎日新聞・朝日新聞と将棋連盟との契約において、当事者間の信義はそれほど問題ではないはずです。
おもしろいのは、一個人が毎日新聞ほどの大企業に対して、かわいそうだという感情を抱くことです。これは、毎日新聞を多くの人間の集まりではなく、むしろ一つの人格に近い存在としてとらえる傾向が強いことを表しているのではないでしょうか。
信義を問題にする人はおそらく、特定の個人、例えば将棋連盟との交渉担当者や契約の責任者といった人達が「裏切り」により傷ついていることではなく、毎日新聞という「一つの人格」が「裏切り」により傷ついていることに同情しているのだと思います。
冷静に考えれば、毎日新聞のような大企業が、信義にこだわって自社の利益を見失い、突然の契約解消で大きく傷つくなどありえないことです。だから私は、今度の将棋連盟の総会で、名人戦が朝日新聞に移ったとしてもさほど問題だとは思いません。理事会は、経営者として普通の判断をしているのだろうと思っています。
しかし、現実にこれを信義の問題だと考える人が多いのであれば、単純ではありません。なにしろファンがあっての商売ですから、その意に沿わない行動には、慎重にならなければいけません。仮に、理事会の考えが経営的には優れていたとしても、ファンが納得しないのであれば、思わぬ失敗をするかもしれません。

ここでは、結論を出すことが目的ではありませんので、今回はこれで終わりですが、最後に蛇足として、一つ私の予想を書くことにします。
おそらく、今回名人戦が朝日新聞に移って、その後将棋界が発展もしくは現状維持に成功したならば、多くの将棋ファンが理事会の英断を称えるでしょう。良い結果を前に、その過程を問題にして、全体を批判できる人はそんなに多くないのではないでしょうか。真に筋を通すということは、大きな困難と向き合わなければいけないのです。
posted by さがみ at 22:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 将棋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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